取調べの可視化時代の弁護実践

取調べの可視化時代の弁護実践

1 はじめに

先日(2016年3月5日)、宮崎県で「取調べ可視化時代の弁護実践」をテーマとする「第18回刑事弁護経験交流会」が開催されました。
取調べの可視化については、取調べの録音・録画制度の導入を含む刑事訴訟法の改正案が間もなく成立する見込みとなっています。その詳細は法務省のウェブサイト等でもご覧頂くことができますが、概要は次のようになっています。
まず、対象事件(裁判員裁判対象事件・検察官独自捜査事件)について身体拘束を受けている被疑者を取り調べる場合には、原則として、その取調べの全過程の録音・録画が捜査機関に義務付けられます。
また、供述調書の任意性立証には、録音・録画記録の証拠調べ請求が必要とされることになります。
もっとも、これまでも、検察庁では、裁判員裁判対象事件、知的障害によってコミュニケーション能力に問題のある被疑者等(「知的障害を有する被疑者であって、言語によるコミュニケーション能力に問題があり、又は取調べ官に対する迎合性や被暗示性が高いと認められる者」)に係る事件、精神の障害等により責任能力の減退・喪失が疑われる被疑者に係る事件、検察官独自捜査事件の一部については、身体拘束下における被疑者取調べの過程の録音・録画が試行されていました。また、警察官による身体拘束下の被疑者取調べについても、裁判員裁判対象事件や知的障害によってコミュニケーション能力に問題のある被疑者等に係る事件では、取調べの一部の録音・録画が試行されていました。
 そのため、「取調べ可視化時代の弁護実践」は、取調べの録音・録画制度の法制化を見据えた将来の課題ではなく、既に多くの弁護人が直面している現実の課題となっています。

2 経験交流会の内容

【1】 事例報告

第1部の事例報告では、検察官から被疑者の取調べの状況を録音・録画した記録媒体(以下、「取調べDVD」と言います。)の取調べ請求がなされた事例や被告人の供述調書の証明力を検討するために取調べDVDの内容を精査した事例について、4名の弁護士から報告がなされました。
報告された事例の中には、検察官が立証趣旨を「犯行に至る経緯・犯行状況」等とした事例、つまり取調べDVDを実質証拠として取調べ請求した事例もあったようですが(ただし、実際に取り調べられたのは、弁護人の同意のあったものに限られ、それ以外の取調べDVDの取調べ請求は撤回されたようです。)、多くは、検察官が被告人の供述調書の信用性を立証するための証拠として取調べ請求したという事例でした。
そして、実際の取調べDVDの法廷における取調べ内容を見ると、その前提として当事者間の意見のすり合わせ・編集に多大な時間・労力が費やされていること、1時間半を超える内容のものが法廷で上映されていること等、取調べDVDを証拠とすることには様々な問題・弊害があるようです。もっとも、取調べDVDが弁護側の主張を支える有力な証拠となることもあるようで、報告された事例の中には、取調べDVDの内容が弁護側の専門家証人の意見と相俟って被告人の供述調書(自白)の信用性を否定する有力な根拠となったという事例もありました。
事例報告を聞いていて、印象的であったのは、取調べの可視化により典型的な違法・不当な取調べが影を潜めつつある一方で、一見すると和やかな雰囲気の下で自発的に供述している、あるいは自然な会話が成立していると思える場合でも、精神医学・供述心理学等の専門家の目から見れば、供述の任意性・信用性を判断する上で大きな問題を孕んでいる取調べが多々あるという点です。
今後は、弁護人としても、開示された取調べDVDを漫然と視聴するのではなく、取調官の質問形式・取調官と依頼人との発語量の比較等にも注目しながら視聴し、疑問があれば、専門家の意見を求めることが必要になるということを強く感じました。

【2】パネルディスカッション

 第2部のパネルディスカッションでは、「可視化の下での弁護人のアドバイスと録画物への対応」というテーマに沿って、①取調べDVDの利用状況(実質証拠化の問題等)や②そのような利用状況を踏まえた弁護活動の在り方等について、ディスカッションが行われました。
 その中で、パネリスト全員の共通意見として示されたのが、可視化の下においても取調べの対応としては黙秘が原則・出発点であるという意見でした。
黙秘が原則・出発点であるとして、次に問題になるのが、黙秘を解除すべき例外的な場合があるのか、あるとすればそれはどのような場合かということですが、この点については、黙秘の解除を検討する事例として、次のような例が挙げられました。

ⅰ不本意な不利益供述をしてしまった場合
ⅱ合理的な弁解が必要な場合(例えば、被害者の血痕が依頼人の身体・衣服に付着していた場合におけるその説明)
ⅲ時期に遅れた主張ないし不意打ちであるとの反論が予想される場合(例えば、正当防衛の主張)

 実際に黙秘を解除するかは別の問題であるにしても、参考になる指摘・視点でした。
他にもパネルディスカッションの中では、①昨年、最高検察庁がより効果的な立証という観点から取調べDVDを実質証拠として取調べ請求することや当初からその目的で録音・録画を実施することを検討するよう全国の高等検察庁・地方検察庁に通達を発したこと、②検察官が供述調書を作成せずに取調べDVDの取調べを請求したという事例、③取調べDVDの取調べ方法として要旨の告知が実施されたという事例、④新たな取調べDVDの利用方法として、取調官が被疑者に対して被害者の事情聴取の場面を見せて自白を迫った事例・被疑者自身が泣いている姿を見せつけたという事例等の紹介がなされました。

3 おわりに

今回の経験交流会を通じて①黙秘の重要性と②取調べDVDを精査することの重要性を再認識することができました。
報告された事例にもあるように、取調べDVDが供述調書の任意性・信用性を判断するための証拠として利用されるだけでなく、実質証拠として利用される危険性まであるという現況を踏まえると、証拠開示を受けていない段階で、しかも弁護人が取調官の質問や依頼人の回答をチェック(不当な誘導質問に対して異議を述べる、あるいは依頼人の誤解等によって不正確な回答がなされた場合にその場で直ちに是正措置をとる等)できない状況下で、依頼人の供述という情報・証拠を捜査機関に提供することには大きなリスクが伴うと言わざるを得ません。そのため、リスクを上回るような確実な利益が見込める場合、あるいはリスクの手当が十分に保障されているような場合等、極めて限られた場面でない限り、黙秘の解除は選択し難いことを改めて痛感しました。
もっとも、黙秘が重要であるとしても、依頼人が現実に黙秘を貫徹できなければ、それはただの理想論になってしまいます。したがって、今後は、黙秘を貫徹するための弁護技術の発展とその習得が私たち弁護人に課せられた大きな課題となっています。
また、先にも記述したように、依頼人の供述が録音・録画されているような場合には、取調べDVDを精査し、ときには精神医学・供述心理学等の専門家の協力も仰ぎながら、その供述が真に自発的になされたものであるか、自発的になされたものであるとしてその証明力をどのように考えるべきかを慎重に検討する姿勢を忘れてはならないと感じました。

弁護士 布川 佳正

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